モノローグ

蔵人記

「おれはロシアに残る」 そう海人に告げたとき、すべてがわかった。

腕を失ってから、幾百回も問い続けたが得ることのできなかった答えが、目の前にふいに訪れた…。
永遠とも思える沈黙のあと、「そうか」と答えた海人の横顔。もうそこには九鬼本家の鼻つまみ者、と云われていた奴の面影はどこにもない。漂流の果てで見た、さまざまな苦しみが、波や雪のなかに消えていった家臣達の無念が、海人の背中に刻みつけられているのが、おれには見える。
きっと、おれも奴と同じくらい変わってしまったのだろう…。このクルスを身に付けているだけではなく。

もう、無邪気だったあのころには決して戻れはしない…。
そう、海人…。おまえがおれの「ふるさと」だったんだ。 今、袂を分かつことを選んではじめて、やっとわかったなんて皮肉なものだ…。

乳兄弟として育ち、藩校でも常に机を並べ競い合い、武芸の稽古も何もかも、いつも一緒だった。主従の立場をこえて、おれたちはウマが合う好敵手だった。
ふるさとの野山を駆け回り夢を語り合った、あの輝かしい夏の日。海の向こうにはどんな国があるのか。いつか九鬼水軍を率いて外海(そとうみ)へ船出するという、途方もない夢。
そんなおまえに、家臣たちもみな付き従ってきたのだ。

…だが、カムチャッカとシベリアの厳しい寒さが、おれたちの夢もいのちも、なにもかもを粉々に砕いてしまった。…ただ若かっただけの愚かなおれたち。

海人…「死なせてくれ」と云ったのは、おれの誇りのためなんかじゃない。おまえと共に進めない…おれはおまえを支えられない…役にも立たない秋月蔵人ならば、生きている価値などありはしない。 おれの夢は、ここでお終いだ。

おまえは、皇帝陛下のお墨付きで日の本に無事帰ることができる。あの由布姫ならば、きっとおまえを待っているさ。なんだか、おれにはわかるんだよ。
ああ、二度と逢えぬ、おれの大切なふるさと。
今、この異郷の地で見上げている凍てついたあの星は、日の本でも見えるのだろうか…?

海人…海人。
おれは、いつか老いてこの地で息絶えるとき、最後におまえの名を呼ぶだろう。


湖月蔵人の場合
俺は、俺を頼りにしてくれている人たちがいるこの土地に残ることにしたよ。お前は、俺と一緒に見た夢と共に、日の本へ、由布姫のもとへ無事帰ってくれ。
そして、父上に、俺は異郷で生きている、とだけ伝えてくれ。頼んだぞ…


彩輝蔵人の場合
おまえと共にどこまでも進んで行きたかった。だが、おれの喜びは苦しみと隣り合わせだ…。おまえの背中を追っているのが、こんなにも辛くなるとは、日の本にいるときには思いもしなかったよ…。
こうしてキリシタンになって幾度も祈りをささげていても、おまえへの思いが日増しに大きくなっていくばかりだ…。
だが、おれはおまえにこの思いをどうしても伝えることができない。
だから…おれは、ここに残る。
本当は、黙って帰ってほしいわけなんかあるわけがないじゃないか…?おれたち、こんなに変わってしまっても、おまえはやっぱり若様なんだな…。
ずっと近くにいた、おれの思いにちっとも気づかないままで行ってしまうのだから。

…こんな感じで、歌に入ります(^_^;)。

1writed by musette/2001.2.26

……このスト-リ-はフィクションです。設定がどんなに現実と似通っていても実在の人物とは一切関係はありません(^_^;)。