モノローグ

ランブルーズ侯爵夫人の回想

…私は自分が美しくないことを知っている。
だからまさかあんな素敵な夫を持てるなんて想像してみたこともなかった。

子供のころに私は聡明な兄と幼い弟と共に疱瘡を患った。
私だけがなぜか命を取り留めた。もちろん、その代償はこの面に残る醜いただれた痕。
これでも幼い日の私は美しい面立ちだったと皆が口を揃える。
陽をはじく金糸の髪と乳白色の肌。青い双眸と紅い唇と紅を挿したようなばら色の頬…でも私の記憶にその姿はほとんどない。
私が知っている私は額から左の頬にかけてくっきりと残った醜い痕を持つ女。ただれたために開くことの難しい左眼。……醜い私……。

けれど私には失ったものと同時に得たものがあった。
−爵位
ランブルーズ侯爵家の後継という責務。
己の身を嘆いてばかりなど許されなかった。私は結婚し、侯爵家を継承していかなければならないのだ。この醜い顔のまま……。

エドモンと初めて逢ったのはパリからさほど遠くない領地への道中だった。
轍にはまって身動きの取れなくなった馬車を前に途方に暮れていた時、通りかかった男。
聞いたこともないような姓だったが、男爵家の二男だと名乗った。
…朝駆けだと言った。
漆黒の髪が朝露をはじき黒曜石のようにきらめいていた。
礼を述べ、面を上げた私を直視してもたじろいだ様子もなく、深いまなざしをまっすぐに向けた初めての男。いいえ…初めての人間。
父や母でさえも、私を正視することはない。恐怖ではなく憐憫の情を含ませて私を見る人たち。
そして、そうではない初めての男!
運命だと思った。
神様が私に用意してくれた幸運なのだと。
だが、そうではなかった。
確かに運命ではあったのだろう。
だが、この運命を仕組んだのは悪魔だった……。
そうだ…悪魔はぞっとするほどに美しいものだと、どうしてその時、気づかなかったのだろう…。

あのころ、両親が選んだ相手が何人かいた。
ランブルーズ侯爵の結婚ともなると、家柄の釣り合いを考えれば、迷うほど相手はいなかった。
だが、私は敢えてその中の誰も選ばず、神様が用意してくれたと信じてエドモンを選んだ。
きっと悪魔はその時、勝利の祝杯を上げたことだろう……。

私は心からエドモンを愛した。
私の真実は総てエドモンに奉げた。
夢のような生活だった。
陽だまりの中、文学や芸術の話は尽きなかった。
そして夜は女である歓びを全身で感じさせてくれた。
夜ごと、彼が運んでくれる甘い葡萄酒。それ以上に甘いおとぎ話のようなおやすみのキス……。
宝物にでも触れるかのように、さっきまでの熱く激しいものではない、そっと額に置かれた唇。
そんなとき、私は自分に残る痕などすべてなくなり、誰よりも美しい女なのだと錯覚していた。

………愛されていると錯覚していた。

いつかしら身体が重くなった。
いつかしら寝室から出れなくなった。
ベッドから身を起すことさえ苦しくてできなくなった。
呼吸することもできなくなった……そしてある時、私は天井から私を見ていた……。
あの青白く横たわる醜い女は……確かに私。
その傍らで嘆き悲しむ人々と夫。
ああ…愛する人たちそんなに嘆かないで……けれどどうしても近寄ることができない。
…………私は死んでしまったの……?
あまりに嘆く夫が不憫で私は夫の傍から離れられない。
天使の誘いもないのなら、夫の嘆きがもう少し楽になるまでそっと寄り添っていよう。

そんな私を傍らで眺めながら悪魔は笑っていただろう。
誰もいなくなった寝室で青白い私に最後のキスをぞっとするほど冷たい表情で贈った夫。
私を見下ろすその口元は…笑っていた……。

知らなかった。総てが夫の仕組んだことだと。
あの時間も、キスも、すべて偽り。彼が与えてくれたものは偽者ばかりだったなど…どうして信じられよう。
彼が愛したのは私ではない。美しい年かさの伯爵夫人。
彼が欲したのは私ではない。爵位であり、お金であり、何よりも権力。
知りたくなかった。
知らないまま、天使に誘われ神の御許で安らかな時を過ごしたかった。
しかし私を誘ったのは黒い翼と漆黒の髪と瞳を持った美しい男。
…闇を支配する悪魔…。

フランスは戦争をはじめ、混乱と腐敗は続く。
見せかけの平和を装って、見せかけの紳士が政治を動かす。
けれどあなたの思い通りになどさせはしない。
そんなことは許さない。
手に入れたはずの幸せに裏切られた私の苦しさをおまえも思い知るがいい。
女は殺した。
権力は失墜させた。
でもおまえを楽になどさせはしない。
ずっと生き続けるがいい。
そしてじっくりと味わうといい。何も手に残らない虚しさを!!

私はいつも傍らに寄り添いその姿を見ていよう。
いつかその命が尽きる瞬間に手を差し伸べて、おまえを誘おう私の世界へ。

……それでも愛しているの、エドモン。愚かな私を悪魔がそっと抱き寄せる……。
悪魔はずっと微笑み続ける……。

1writed by ぽりーん/2003.10.24