主題歌のイントロと共に、緞帳が重々しく上がる。舞台照明薄暗く、ホリゾントの深紅に女のシルエットが浮かび上がる。女はすっきりとしたドレスをまとっている。下手銀橋脇に男が立っている。男は礼装の軍服姿。緞帳が上がりきるとドレープのカーテンが舞台を縁取る形になる。二人にスポットが入って女は大セリ上、上手にスタンバイする形になる。
マリー「ロドリーゴ……私をどこか遠くへさらって行ってください……」
ロドリーゴ「あなたが望むのなら、どこへでも」
ロドリーゴ銀橋へ
ロドリーゴ『凍えた荒野の中で紅く輝く花
それはあなた、それはあなた、それはあなた』
マリー、セリ下がって本舞台へ下り、センターから下手方向へ移動
マリー 『震える心溶かす熱くやさしい風
それはあなた、それはあなた、それはあなた』
ロドリーゴ『(同じなので略)』
マリー振り返り、二人見詰め合う
二人 『(同じなので略)』
音楽盛り上がっているところへ静かにパルマが入る。それは次第に一人から大勢のパルマとなる。祭りの女達がパルマを打ちながら両袖から出ると、パルマは激しくなり、サパテアードも入る。
女達が通り過ぎるとそこにいたはずのマリーの姿は消えている。
音楽一瞬にして消え、静寂―――ロドリーゴに一瞬強いピンスポットを残し、暗転
暗い中に賑やかな音楽が入り、舞台センターにコルドベスを被った祭りの男Sが立っている。掛け声と共に両袖から祭りの男A・Bが出て、3人の男の踊りとなる。音楽が盛り上がってくると、更に男達が滑り出る。途中より、女も加わり、スパニッシュの総踊りとなる。
群舞全員が袖にはけると、音楽は一転、優雅な宮廷音楽となり、ロドリーゴの踊りとなる。
途中下手よりステファーヌが出て、デュエットになる。更に貴族の男女3組が踊りに加わり、踊るうちにカーテン降りる。カーテンが下りきって音楽もエンド。
絞りカーテン前。下手袖より貴族の令嬢3人がしゃべりながら出る。
令嬢1「グラナドスのロドリーゴ様は最近ご様子が変よね?」
令嬢2「そう、言えばご帰還から1年にもなるのに、ご夫婦まだなんだかよそよそしくて」
令嬢3「しっ!ほらあちらからロドリーゴ様よ」
3人がしゃべっているうちにカーテンはとび、そこは館の広間。春の祭りを祝っての夜会が盛大に催されている。上手にはグラナドス夫人が強張った表情のステファーヌと共を連れ立っている。
マリーは上手にド・オランジュリー侯爵や一族の者達と共に座している。浮かない表情。
すると、ロドリーゴが上手舞台奥の階段より登場。舞台センターまで来たロドリーゴはステファーヌと目が合う。そのまま目をそらしオランジュリー夫人の前に立つ。どよめきの一同。総督一族は場を取り取り繕うとしたり、見ないふりを決め込んだりと、それぞれである。
ロドリーゴ「マリー・クリスティーヌ・ド・オランジュリー侯爵夫人、ワルツのお相手をお願いできますでしょうか?」
マリー、ロドリーゴの目を見つめ、優雅にその白くほっそりとした手をそっと差し出す。
ワルツが始まり、滑るように踊る二人をそれぞれの想いでみつめる貴族達。そこここでこそこそと話し出す女達もいる。
令嬢1「……お噂、ご存知?」
令嬢2「ええ……あのご様子では本当なのかも……」
夫人1「あなた方、はしたないですよ、お止しなさい」
やがて、ワルツに何組かのカップルが加わる。
一歩、歩み出そうとしたステファーヌをグラナドス夫人がたしなめる。
ステファーヌ「イヴ!!」
ステファーヌ、メイドを連れて下手袖に入る。
座って静かに見ていた総督一族も座をはずす。
照明徐々に落ちて、群舞はスローモーションになる。センターの二人だけが滑るように優雅なワルツを踊っている。群舞がストップすると音楽が消える。下手にホアンが立っていて、そんな二人を見つめている。
ロドリーゴ「任地先が決まりました……。旅に出ねばなりません」
マリー、踊りの足を止め、ロドリーゴにすがりつくような瞳を向けている。
マリー「どちらへいらっしゃいますの?」
二人、しばし見つめ合う。この時点で群舞の照明は完全に落ち切り、二人とホアンにのみ照明が残っている。
マリー「……私も……ロドリーゴ、私もどこか遠くへさらって行ってください……」
ロドリーゴ「……マリー……」
ロドリーゴ、マリーにかすかに微笑む。群舞に照明が入り、ダンスが再開している。二人のダンスは終わり、ロドリーゴは静かに広間を後にする。見送るマリー。ざわついていた人々の声が徐々に遠退いていき、舞台の照明が落ちる。
下手のホアンにのみ、ピンスポットが入る。
ホアン「彼の名はロドリーゴ・デ・グラナドス。わが国有数の名家、グラナドス家の後継者です。女の名はマリー・クリスティーヌ・ド・オランジュリー侯爵夫人。固有の政治的支配者を持てないわが国を統べる総督の年若き夫人です。今思えば二人はこの時、このわずかな一瞬にそれぞれの人生の終着を認めてしまっていたのでしょう。二人が出遭ったのはこの時からわずか1年前の同じ日。彼・ロドリーゴが任地先から5年ぶりの帰還を許されたその日の同じ夜会の時でした……」
ホアンの台詞中にカーテンが下りて、台詞の終了と共に次景へ転換。
(A)絞りカーテン前。ホアンが居残っている。
ホアン「ところは総督邸内の劇場。春の祭りのこの時期に本国の著名な俳優陣を招いての演劇の催しがあります。娯楽の少ないわが国にあって、この春の祭りの時期が最も人々が心弾む時でもあります。そして、この総督邸での演劇の祭典は年に一度の最大の催し物でもあり、その上、今年は出し物が人気の『ハムレット』ということもあって、貴族達は心浮かれ総督邸に集まったのでした……」
周りが明るくなり、着飾った貴族達が幕間をそれぞれに楽しんでいる。このロビーでホアンも観客の一人として友人達と談笑の中に入る。上手袖よりマリーを含めた総督一行が登場。
オランジュリー侯爵「やれやれ。だいたいこの『ハムレット』という芝居は好かんな。陰気で……。2幕観てもう、うんざりだ」
夫人1「まあ、侯爵、次の3幕目がまたよろしいんですのよ。悩める王子・ハムレットの恋人・オフィーリアへの愛想尽かし」
侯爵「(マリーへ)君は気に入ったのかね?熱心に観ていたようだが?」
マリー「ええ。私は大変楽しませていただいておりますわ。役者も素晴らしゅうございますし」
夫人2「そうですわよねぇ。そのお若さでこちらへお輿入れになって丸5年。こちらでは楽しみと申しましても、これと言って……ねぇ(意味ありげにマリーを見やる)」
そんな会話をしている所へ上手よりステファーヌがイヴと共にでる。なにやら不機嫌な様子である。
ステファーヌ「イヴ!ロドリーゴさまはどちらへ?やっとご帰還遊ばされて今夜が初めての夜会だと言うのに、1幕も終わらぬ内にお席をお立ちになってしまって。この後の舞踏会に私に夫のエスコートもなしに出席しろとおっしゃるのかしら!お前、行ってお探し申し上げて!」
イヴ「……はい。でも、どちらをお探しすれば……?」
ステファーヌ「とぼけていないで!どうせ、昔馴染みの店にでもお逃げあそばされたんでしょう。マリアとか言う歌手の……いいえ……騒ぐのは止しましょう。ばからしい……私をなんだと思っているのかしら……!」
ステファーヌ、総督一行に気付かない様子で下手袖にはける。イヴだけが総督に気付き会釈して後を追う。
夫人1「……やっとご夫君がご帰還だというのに、相変らずステファーヌ様は不機嫌でいらっしゃいますわね。侯爵、ご心配なことでございますこと」
侯爵「弟夫婦もあれを少々、甘やかしすぎたようだね。よほどこの国に嫁に来たのが気に入らんのだろう」
マリー「故国を離れて、お会いしたことすらない方の元へのお輿入れ。その上ご夫君はご結婚式直後からすぐにお留守にされて。女なら誰でも不安なものでございましょう?閣下、そのような冷たい物言いをなさって……」
侯爵「ご自分の身を振り返っておいでかね?(笑)」
マリー「まあ……そんな。私は幸せに暮らしておりますもの」
下手より召使が出る
召使「総督閣下。そろそろ3幕目が始まります。どうぞ、桟敷席の方へお戻りいただけますよう」
侯爵「やれやれ。またあの重苦しい芝居が続くのかね?」
一同笑いながらホアンの前を通り、下手袖にはける。ホアン、一同に会釈。一同を見送ったホアン、側にいたロドリーゴの従僕に
ホアン「おい!ロドリーゴにそろそろ出て来た方がいいと伝えてやれ」
従僕「はい。おそらくどこかで眠ってでもおいでなのでしょう」
ホアン「やりそうなことだ!」
従僕、上手に走り去る。ホアン苦笑しながらその姿を追って、暗転。
(B)カーテンが飛ぶと、そこは劇場。中央奥に舞台(大セリ)。上下に桟敷席がある。
ホリゾントは深い蒼。舞台は大セリ・柱・階段で作られた『ハムレット』の装置。舞台上にはハムレットが立っている。
ハムレット「このままでいいのかいけないのか、それが問題だ。この心のうちに暴挙な運命の矢弾をじっと耐え忍ぶことか、それとも寄せくる怒涛の苦難に果敢と立ち向かい、闘ってそれに終止符をうつことか。死ぬ、眠る、それだけだ。眠ることによって終止符は打てる。死ぬ、眠る、おそらくは夢を見る」
下手にマリーが出る
マリー(声)「……あのデンマークの王子・ハムレットの悩みはいつの世も変わらぬ人の心の叫びなのかもしれない。愛想良く笑うことで自分の気持ちを誤魔化しながら、けれど心の奥に同じ気持ちを私も抱えているのだわ……」
マリーの台詞の終わらぬ内に上手にロドリーゴが姿を現し、舞台を凝視している
ハムレット「……この世から短剣のただ一突きで逃れることが出来るのに……。死後の世界は未知の国だ、旅だった者は一人として戻ったためしがない。それを思うから決心が鈍るのだ。待て、美しいオフィーリアだ。おお!森の妖精、その祈りの中にこの身の罪の許しも」
舞台下手からオフィーリアが登場
オフィーリア「ハムレットさま、この頃いかがお過ごしですか?」
ハムレット「よく聞いてくれた!元気だ、元気だ、元気だ!」
オフィーリア「ハムレットさま、いただいた贈り物をお返しせねばと気になっていました。どうかお受け取りを」
ハムレット「いや、受け取らぬぞ。何もやった覚えはない。もともとお前を愛してはいなかった」
オフィーリア「とすれば私の思い違いはいっそう惨めなものに」
ハムレット「尼寺へ行くがいい。罪深い子の母となったところで何になる?俺はこれでけっこうまともな男のつもりだ。それでもなお、わが身の持つ罪悪をいくらでも数えられる。母よ、何故俺を生んだ、と恨みたくなるほどに。(間近に寄って)俺達は悪党だ、一人残らず。誰も信じてはならぬ、尼寺へ行くのだ!!」
ハムレットの指差す形で、早い溶暗。桟敷の二人にのみスポットが残っている。ハムレットの最後の台詞に息を呑むマリー。
マリー「(つぶやいて)このままでいいのか……」
ロドリーゴ「いけないのか……それが問題だ……」
二人「……このままで…………」
舞台センターをみつめていた二人は台詞と共にきびすを返し、それぞれのスポットが絞られて行く内にはける。暗転。
(C)元の絞りカーテン(ロビー)前
幕間、観客達が三々五々出てくる。
令嬢1「悩みに狂う王子と無垢で清純な乙女……胸がつまりそう……」
令嬢2「でもあれはいつわりの狂いでしょう?」
令嬢3「だからすごいんじゃない」
上手より総督の弟・フレデリック侯爵がその甥・フェルナンドを伴って出る。
フェルナンド「最近ステファーヌとは話していませんが、グラナドス伯が帰って来てもご機嫌は相変らずのようですね。ロドリーゴも気鬱なようですし。何か気晴らしにでも夫婦で誘ってあげましょうか?」
フレデリック「気晴らし?あれで婿殿には感心できない気晴らしの対象がいくつかあるようだがね。一つは昔からの放蕩癖、もう一つはこの国の有力家の男子にあるまじき自由思想というやつ」
フェルナンド「まさか。グラナドス家に限ってそんな」
フレデリック「噂の耐えないホアン・ソラレスとも学生運動を支持していると聞くがね」
フェルナンド「ステファーヌがそんなことを?」
フレデリック「いや、あれとは関係のない話しだ。フェルナンド、君は総督の唯一の後継者だ。世情に詳しすぎて困ることはない。私は君の叔父としてご忠告申し上げているのだよ」
フレデリック、フェルナンドを伴って下手にはける。それと入れ替わりに下手花道よりロドリーゴがホアン達と笑いながら出る。
ロドリーゴ「やれやれ、社交界というものは煩わしくて息苦しいものだな。あっちで噂話、こっちで人の家の詮索。ハムレットでなくても狂ってしまいそうだよ」
ホアン「そう言えば、あのハムレット。お前と雰囲気の似た役者だったな」
ロドリーゴ「私がハムレットの心境だからね。気持ちが似ると表情まで似てしまうんだろうよ」
笑い飛ばしながら上手へ去ろうとする時、上手花道からステファーヌがイヴを伴って出る。
ステファーヌ「……あら、あなた。こちらにお出ででしたの?」
ロドリーゴ「これは麗しい奥方。先ほどは中座の無礼、失礼いたしました。今宵の侯爵家の舞踏会。エスコートする栄光をお許しいただけますか?」
ロドリーゴの態度に気分を害したステファーヌは突然振り返り、戻ろうとする。上手より出てきたマリーがその拍子にステファーヌとぶつかってしまい、手にしていた扇を落としてしまう。ステファーヌ、自分の失態にマリーへ許しを請うように礼を取る。ロドリーゴ落ちた扇を拾ってマリーへ手渡す。マリー受け取りながら
マリー「(豊かに微笑んで)ああ、お気になさらずに、ステファーヌさま。私も不注意だったのですわ。(ロドリーゴに)ありがとうございます。初めてお目に掛かりますか?」
ロドリーゴ「はい。伯爵・ロドリーゴ・デ・グラナドスにございます。5年振りに任期を終えまして先日帰国したばかりでございます。」
マリー「そう、グラナドス伯爵。ステファーヌさまのご夫君ですわね。今宵、夜会でまた。失礼いたします」
マリー軽く会釈をして、取り巻き達と下手へ去る。ロドリーゴ、その後姿を目で追う。その様子を見てステファーヌは気に入らぬ風にイヴと共に上手へはける。
ロドリーゴ「(下手袖をみつめたまま)あちらが?」
ホアン「誉れ高きマリー・クリスティーヌ・ド・オランジュリー侯爵夫人。総督閣下の2度目の奥方だよ」
ロドリーゴ「マリー……」
ホアン「気を付けろ、従兄弟殿。きれいな花には必ず棘がある。彼女も例外じゃないさ。おい、それより自分の奥方はいいのか?これ以上怒らせたら面倒だぞ。里は怖いからな」
ロドリーゴ「(気乗りのしない風で)……ああ。このままでいいのか、いけないのか?それが問題だ。諸君!さらば!!」
ロドリーゴ、一行より一足早く上手花道に去る
カーテンが静かに上がると薄明かりのマリーの仕度部屋。ソファに男女の影。ゆっくりと照明が明るくなって、その人影がはっきりとマリーと先ほどの役者(レオン)だと判る。レオン、唇をはずしながらマリーの手をほどく
レオン「今年も束の間の逢瀬。奥方は逢う度にお美しくなられる。その分別れが辛くなります」
マリー「(妖艶に笑って)本当?」
レオン「こんなところに埋もれておくには惜しい方だ。宮廷にすらあなたのような方はおいでになりません」
マリー「逢う度にあなたのお口もお上手になるわ。さ、広間の方へお行きなさい。じきに衣装係も戻って参りますし、(ノックの音がする)ほら。」
レオン素早く、マリーへくちづけを送り、隠しドアから出て行く。マリー苦々しく唇に手をやりながら振り返り
マリー「お入り」
衣装係が背後にランベルタン伯爵夫人を伴って入る。二人、恭しく会釈する
二人が会話している間に衣装係は夜会ドレスの準備をしている
衣装係「少々、早過ぎましたか?」
マリー「いいえ、いいのよ。まあ、ランベルタン夫人、ごきげんよう」
ランベルタン「お久しゅう御座います。お顔の色が少し……少々お疲れですか?何か気に止むことでも?」
マリー「いいえ、大したことではないのよ。相変らず退屈なだけ……」
ランベルタン「先ほどの役者はお払い箱でございますか(笑)?」
マリー「まあ、人聞きの悪い。そうではなくて、誰も私の側にはいてくれないのが今更のように哀しいだけ。侯爵さまはお優しいけれど、私を愛してくださっているわけではありませんもの。この空虚さを埋めてくれるものは何もないわ」
ランベルタン「それは……恋でございますか?」
衣装係、マリーを衝立の裏へ促し着替えを始める。二人の夫人は衝立越しに会話をする
マリー「さあ……何かしらね。ああ、先ほど劇場のロビーでステファーヌさまのご夫君に初めてお目に掛かりましたわ。あんなに素敵なご夫君のどこが気に入らなくてあの方はいつもご機嫌がお悪いのかしらね」
ランベルタン「格下の家に嫁がれたのですから、あの気位の高いお姫様ならそれだけで我慢のならないことでございましょう」
マリー「あら、格下の家に嫁がされたのなら私も同じね(笑)。もっとあんな風に自分をさらけ出すことができたら……少しは楽なのかしら……」
しゃべりながら出てくる。
ランベルタン「(困惑して)マリーさま……」
マリー「(にこやかに笑って)冗談よ、さ、参りましょう」
writed by ぽりーん