パラレルワールド

うたかたの恋・南欧編(2) 

4場B ロドリーゴの悩み

下町の居酒屋「マンダリン」。下手テーブルにはロドリーゴが一人で酒を飲んでいる。舞台センターに粗末なステージがあり、客達の喝采の中、この店の女主人・マリアが登場する。

『ああ……
 赤い赤い陽が落ちゆく砂漠の静かな国へ
 (以下、同じなので略)』
マリア、歌いながらステージを降り、テーブルをゆっくりと物憂げに廻る。照明は暗く、マリアとロドリーゴに弱いスポットが残る。他の客達は思い思いに酒を飲んだり、歌に聞き惚れていたり。
目を閉じているロドリーゴの傍に寄ると、ロドリーゴがその手を引き寄せる。マリア驚きもせず、頬にやわらかなくちづけをする。ロドリーゴ微笑ながら同じようにキスを返し、手を離す。
マリア「お疲れですか?奥でお休みになります?」
ロドリーゴ「……そうしよう」
照明、溶暗。

(1)質の異なる音楽が微かに聞こえてくる。さっきまでの店内とは違うテーブルと椅子。
そこにはホアンとその恋人ミカエラがいる。二人グラスを合わせて「乾杯!」。
二人にだけしぼってあったスポットが徐々に広がると、下手側椅子に男の影。目を覚ましたロドリーゴが眩しそうに二人を見ている。

ロドリーゴ「ホアン……ミカエラ?」
ホアン「僕達はこの国を出ることにしたよ」
ロドリーゴ「ここを出る?どこへ……」
ホアン「ロドリーゴ、世界は広い。僕等は船に乗ってゆっくりと暖かな海を旅して、僕達の場所をみつける計画だ」
ロドリーゴ「お前は今でも充分自由だと思っていたんだが……」
ホアン「お前には申し訳ないが、この国にいるうちは誰にも自由なんてないさ」
ミカエラ「私達と一緒に参りましょう。たまには船を指揮なさいません?」
ロドリーゴ「(微笑んで)有難う。だが、君達のように自由に羽ばたくためには私にもあなたのような素敵な恋人が必要ですね」
ミカエラ「(困惑しながらも微笑んで)色々と伺っていますけど?」
ロドリーゴ「いや、全てをかなぐり捨てても一緒に歩いて行きたいと思う女性はなかなかいないものです。そいつは全く幸せなヤツですよ。そして君達は素晴らしい!(二人に杯をあげる)」
照明カットアウト。
暗い中に時計の音。エコーから次第に現実音になる。

(2)照明が入るとロドリーゴが椅子に眠っていて、はっとして目を覚ます。
ロドリーゴ「(辺りを見渡して)ミゲル!ミゲル!!」
ミゲル「(入り口に現れて)へい!おん前に!」
ロドリーゴ「ホアン達はどうした?」
ミゲル不思議そうにロドリーゴを見上げる。
ロドリーゴ「……いや、マリアはどうした?」
ミゲル「へい、女主人は先ほどお店を出られました。旦那さまのご様子を見にいらして、良くお休みでしたので、目を覚まされるまでそのままで……とおっしゃいまして」
ロドリーゴ「そうか……。つかの間の夢の中で自分の貧しさを思い知らされるとは……。
(音楽)ああ……新しい生活ができたら……。目覚めた時、何故かあの侯爵夫人の面影が鮮やかに甦ってきた。マリー・クリスティーヌ・ド・オランジュリー……マリー……」
ロドリーゴ『マリーあなたは僕の胸に輝く赤い花か
      マリーあなたは僕の夢を叶えてくれるか
      (中略)
      ああ、マリークリスティーヌ
      君は赤く灯る花』
生気を取り戻したようなロドリーゴ、銀橋から上手花道へ。

5場 歓び

銀橋。
下手花道に手紙とペンを手にした思案顔のマリーが出る。
マリー「親愛なる伯爵・ロドリーゴ・デ・グラナドス様。突然不躾ながら、あなたをお誘いすることをお赦し下さい。春の暖かな風の元、遠乗りに出かけたいと総督閣下にお願い致しましたら、グラナドス伯爵を紹介下さいました。よろしければ次の火曜日午後の穏やかなひとときを私の為にお空けくださることはできますでしょうか?お返事はこの手紙をお持ちするランベルタン夫人にお預け下さいますようお願い致します。どうか私の切なる望みを叶え給わんことを………………あら……結びはどうサインしたらいいかしら……?」

マリー、本舞台に入る時、カーテンが開く。
総督邸、マリーの自室の中庭。下手側には建物の一部。若い夫人を和ますために造られた美しいフランス風庭園。ガーデンセットにはお茶の仕度に忙しい乳母のジェローム夫人が茶器を運んでくる。椅子にはランベルタン夫人が菓子をつまんでいる。
ランベルタン「(からかうように笑って)私のお使いは何時頃になりましょうか?オランジュリーの奥様?」
マリー「あら、いじわるなおっしゃり様ね(笑)。ねぇ、最後のサインをどうしたらいいかしら?恋文ではないのだから『愛を込めて』では変よね?」
ランベルタン「(笑いながら)恋文以外のお手紙など書かれたことはないのですか?」
マリーランベルタン夫人にいたずらっぽい瞳を向け、少女のように目を輝かせながら、ランベルタン夫人の廻りを踊るように動きながら歌う

マリー『信じられないくらい 心ときめく
    何もかも輝いていた小さな娘の頃のように
    乳母やの膝の上で聞いた 子守唄
    私だけの素敵な王子様
    目が覚めれば ほら私の目の前に』

ジェローム「(呆れ顔で)お嬢様、いい加減にご自分のお立場に落ち付かれませ。こちらの国では最高位の女性におなりあそばして、いったい何年お経ちです?」
マリー「あら、そう思うならお前、いい加減にその『お嬢様』と言うのはお止し。何もしていないわよ。侯爵様が遠乗りに行くのなら、供を付ける様にとおっしゃって、グラナドス伯爵をご推薦下さったのよ。グラナドス家の領地にはいい狩場があるそうなの。そのお願いのお手紙なのだから。何も疚しいことではなくてよ」
ジェローム「そんなに頬染めて、たかが一通の手紙を書くのに何時間も悩んでいるお方のおっしゃりようなど誰が信じられましょうかねぇ」
マリーふくれながら手紙をジェローム夫人に見せる。ジェローム夫人しげしげと見ている。
ジェローム「(手紙を返しながら)……そのようでございますわね」
二人の様子を笑って見ていたランベルタン夫人が口を挟む
ランベルタン「ジェローム夫人、『お楽しみ』の一つもないと、こんな田舎では息が詰まってしまうわ。あなただって何もなかったなんてまさかおっしゃらないでしょう?如何?」
ジェローム「まあ!」
ジェローム夫人、そそくさと仕度を済ませ下手、屋敷内へ入って行く。その様子をランベルタン夫人がさもおかしそうに笑いながら見送っている。マリーは自分のことで精一杯な様子。
ランベルタン「(笑顔が消える)夫人のご心配も分らないではないのでございますけどね…」
マリー「何のこと?大丈夫よ。自分の立場くらいはよく分っているつもりよ。(表情やや曇らせて)何があってもただの『お楽しみ』。貴婦人の嗜み以上のことはなくてよ」
マリー、再び手紙をに目を落し続きを書いている。
ランベルタン「嗜み……でございますか?」
マリー「(手紙から目を離さず)いつまでも子供ではいられないのだから……ね。さあ!これでいいかしら?封蝋は……乳母やったら忘れてしまったのね。ちょっとこちらで待っていらしてね。乳母や!乳母や?!ジェローム夫人!封蝋はどうしたの?」
マリー呼びながら下手に入る。その間にカーテン下り、溶暗。

6場 はじめての忍び逢い

(A)カーテン前
下手にミゲル、上手にグラナドス家の執事・サンチョが控えている。ロドリーゴ中央に進み出る。
二人「おはようございます」
ロドリーゴ「ミゲル!」
ミゲル「へい!」
ロドリーゴ「今日の午後、総督夫人が我が家へお越しになる。お前は総督屋敷まで奥様をうちの馬車でお迎えに参れ」
ミゲル「へい!ようがす」
サンチョ「(ぶつぶつと)ふん!相変らず躾の悪い物言いを」
ロドリーゴ「侯爵夫人はランベルタン伯爵夫人を伴ってお出でとのことだ。お二人に粗相のないようお連れ参れ」
ミゲル「へい、合点承知!」
サンチョ「なんと言う言葉遣い。軽薄極まる!」
ロドリーゴ「サンチョ!お前は屋敷に到着されたお二人にお茶をお出しし、ひとごこちつかれたところで、厩舎までご案内申し上げる。私はご婦人方の馬の用意をしいるとその際申し上げよ」
サンチョ「まさか……いつもの悪い癖なのでは……」
ロドリーゴ「サンチョ!」
サンチョ、ブツブツ呟きながら上手へ。
ミゲル「まったく!道徳の教本が服を着ているみたいなジジィだぜ」
フェイドアウト。その間、ロドリーゴ笑いながらセンターカーテンの中へ。ミゲルは上手袖へ一旦消える。

(B)同じカーテン前
ミゲル再び上手花道より登場。背後に乗馬服のマリーとランベルタン夫人を伴っている。
ミゲル「ここまでがあっしのお役目でござんして、ここから先はこの家の執事・サンチョじいさんがご案内申し上げます。ほら!じいさん……(サンチョの背後にステファーヌを見止め、言葉に詰まる)と、奥様もご一緒でござんしたか」
昼の礼装姿のステファーヌ、ミゲルを見下したように睨み、マリーへ深いお辞儀。
マリー「今日は突然にごめんなさいね。春の陽気があまりに心地いいので遠乗りがしたいと侯爵様におねだりしましたの。こちらにはすてきな狩場があって、乗馬も楽しかろうとおっしゃって。伯爵様とご一緒なら心配もいらないからと、許可をいただいたの。ご迷惑でしたかしら?」
ステファーヌ「(紋きり口調で)いいえ。とんでもございません。主人は厩舎の方でお馬の準備をいたしているとのことでございますので、まずは居間の方でお茶でも如何でしょうか?」
マリー「いいのよ、久しぶりの外出でとても気持ちがいいの。遠乗りもこちらに来て初めてだし、夕べは子供のように今日が待ち遠しくて、なかなか寝付けなかったくらいよ。おかしいわね、いい年をして。お気を遣われなくて大丈夫だから、このまま厩舎までご案内いただける?」
ステファーヌ「……はい。では、執事に案内させますので、どうぞ(と、サンチョへマリーを促す)」
マリー「ステファーヌ様は乗馬はなさらないのですか?」
ステファーヌ「はい。私はどちらかと言えば部屋で刺繍でもしている方が気持ちが休まりますし。それでは、どうぞごゆっくりとお過ごし下さいませ」
マリー「そう、残念ね」
礼を取るステファーヌを横切って一同、下手へ消える。ステファーヌ、苦々しい表情でマリー達の後姿を見送り、姿が見えなくなったところで上手へ消える。

(C)カーテンが飛び、戸外。
小高い丘が見える。下手に丸太で造られた小屋の一部。上手は木立。低い潅木。小さな花があちこちに咲いている。時折小鳥のさえずりが聞こえる。
舞台奥上手より、手に乗馬用の鞭を手にしたマリーが笑い声を立てながら出てくる。その後ろにロドリーゴ。

マリー「ランベルタン夫人たら、もったいないわ。こんなに素敵な狩り場なのに、もう付いて来れないなんて。なんて空が高いのかしら?屋敷から見る景色とはまるで違うのね!
総督閣下は狩りがお好きなの。ご自分はしょっちゅう狩りにお出かけになったり、遠乗りを楽しまれたり。よく、お話しを伺ったわ。本当……素朴でこの国は素敵だわ。(小鳥のさえずりに気付く)ねえ?さっきから聞こえるこの鳴き声は何?」
ロドリーゴ「ひばりです」
マリー「これがひばりの鳴き声なの?。良くご存知なのね。伯爵も狩りはお好きなの?」
ロドリーゴ「貴族の嗜み程度には。ですが私は狩りよりも乗馬よりも美酒の方に魅力を感じてしまうようで」
マリー「(口調が変わる)美酒だけ……?」
マリー意味深な表情をロドリーゴに向ける。ロドリーゴ、マリーの思惑を計り兼ねて困惑している。
マリー「本当はね、伯爵。ランベルタン夫人は気を効かせたの。私が伯爵と二人きりでお話しがしてみたかったから。そうでもしないと私はどこにいても人の目から逃れることができないもの。いつも彼女は私の味方なのよ。私と二人きりというのはステファーヌ様の手前……気詰まりかしら?」
ロドリーゴ「……いいえ。先日の舞踏会以来、お姿が忘れられなかったのは私の方です」
マリー「正直なのかしら?それともお口が滑らかでいらっしゃるのかしら?」
ロドリーゴ「……どちらが本当のお姿ですか?」
マリー「……え?」
ロドリーゴ「さっきまでの無邪気に声を立てて笑っている少女のような貴方と、いかにも遊びなれた、世慣れた風情の貴方と……でもそのどちらもどこか寂しそうです」
マリー「伯爵……?」
ロドリーゴ「私は間違っていますか?」
マリー、身を硬くしたまま動けない。
ロドリーゴ「侯爵夫人、初めてお会いしたあの夜会で、貴方は総督夫人としてどこから見ても隙のない見事な貴婦人振りでした。しかしそのお姿はマリー・クリスティーヌという女性の本当のお姿ではないのではないか……と。その自信に満ちた顔の影に見え隠れする不安気な表情が気掛かりだったのです」
マリー、凍り付いたようにじっとロドリーゴを見詰めている。
ロドリーゴ「本当の姿を隠さなければ生きていられない……。」
マリー「……伯爵……」
ロドリーゴ「総督夫人として生きて行く為に?無邪気な本当の姿を高貴な仮面で覆って、自分に嘘を付いて?」
マリー「(語気を荒げロドリーゴにかぶせて)伯爵!」
ロドリーゴ「失礼いたしました。ただ……」
マリー「ただ何?……何をお知りになりたいのですか?5年前にここへ来て、5年間ただきれいなお人形として扱われて、誰も私を愛してくれない!そんな孤独を癒してくれるのはゆきずりの恋だけだと!そんな自分も許せないわ!でも寂しくてたまらないのよ!それなのに何をしても乾くばかりで潤うことはないわ!そうよ!私はばかな女だわ!そう言えばいいのですか?」
マリー、まくしたてるようにそこまで話すと、沈黙してしまう。
ロドリーゴ「……可哀相な方だ……」
マリー、自分を取り戻して
マリー「いいえ……慣れました。貴婦人達のよそよそしい態度も、孤独も、通り過ぎるだけのひと男性も……(宙を仰いで)こうして久しぶりに外の空気を吸って、何もかも忘れて馬を走らせて……今日は珍しく幸せだったわ……ありがとう、伯爵」
ロドリーゴ「……貴方の姿は私とダブる……。自分を押し殺して違う自分を装う……」
ロドリーゴ、マリーを見詰める。
ロドリーゴ「侯爵夫人、もしお許しいただけるなら、今度我が家の雪別荘へ狩りをご一緒いたしましょう。冷たい空気の中で過ごす田舎の館もまた、楽しいですよ」
マリー「ロドリーゴ……?」
ロドリーゴ「(マリーを見詰める表情が変わる)粗末な館の暖かな暖炉はきっと貴方の心も癒してくれるはずです」
(D)照明が落ち、後方に雪をかぶった山並みと、雪原が浮き上がる。
ロドリーゴ『(同じなので略)』
ロドリーゴ、マリーの語り掛けるように優しく歌う。マリーの表情が徐々に和らいで行く。
二人の動きは自然に振りに溶けこんで、幸せなラブデュエットになる。
(E)曲は主題歌に移ると。絞りカーテンが下りる。ロドリーゴとマリー歌いながら銀橋へ(ロドリーゴがマリーの手を取って)。曲の終わり、二人上手花道に抱き合うポーズでフェイドアウト。

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writed by ぽりーん