パラレルワールド

うたかたの恋・南欧編(3)

7場 ホアン・ソラレスの動き

(A)市内、公園の並木道。この辺りは上流の人達の散歩道となっている。
夏の夕暮れ。散策の貴族の男女らが通る。時折聞こえる馬車の音以外は気だるい夏の空気に包まれている。
軍服姿の貴族の子弟がそれぞれに恋人を伴って集まっている。女達それぞれに挨拶しながらそのままおしゃべりに入る

エマ「アンナ、その後お母様いかが?」
アンナ「有難う。昨日ミサにやっと出られたわ」
エマ「そう、よかったわね」
カルラ「こんにちは、この間の夜はごめんなさい、急にいけなくなって」
アンナ「いいのよ、大した集まりでもなかったもの」
仕官A「(男達に手を挙げて)やあ!諸君(女達と離れた所に男達を集め)ソラレス子爵ももうすぐにみえる。(仕官Bに)第3師団はどうだ?我々の動きに加わる者が増えてきたか?」
仕官B「先週はずっと演習に参加していましたので、皆くたくたで」
仕官A「このままでは今年の決行は無理だ。来年春の定例大演習のその時までに態勢を整えよう」
仕官C「グラナドス伯がこの運動を支持してくれているという噂を聞いたが、本当なのか?」
仕官B「本当か?」
仕官A「ロドリーゴが?いや、分らん。ホアンなら何か分るかもしれんが……あの人が?(下手から来るホアンに気付いて)ホアン!こっちだ」
ホアン、ミカエラを伴って下手より出る。女達、気付いて会釈。
ミカエラ「こんにちは」
ホアン「やあ、皆さん」
カルラ「(寄ってきて)ミカエラ、今度ピクニックに行こうって話しがあるのよ」
ミカエラ「まあ」
カルラ「ええ、それでね(ミカエラを女達の輪に誘う。音声徐々にアウト)」
仕官A「(ホアンに寄って)ホアン、ロドリーゴが我々の動きを支持してくれているというのは本当か?」
ホアン「ロドリーゴが?それはおかしい。彼はむしろ我々の動きには批判的なんだ」
仕官A「……わざと流された情報……というわけか?」
ホアン「(考えながら歩いて)誰かが反乱を起こさせようと誘っているということか?グラナドスの影響力は総督の名より我々にとっては大きいからな。(仕官達に)君たちから各連隊の同志に当分なりを潜めるように伝えてくれ。こうして集まっているのも危うい」
仕官A「分った!」
士官達、ホアンに一礼して女達を連れて素早く解散する。
殆ど同時に上手からロドリーゴが来る。
ロドリーゴ「少し遅れたか?(お辞儀をするミカエラに)やあ、ミカエラ」
ミカエラ「ご機嫌宜しゅうございます」
ホアン「ミカエラ、少し外してくれないか?」
ミカエラ「はい。失礼致します(と、去る)」
ロドリーゴ「(士官達の入って行った方を見て)あの連中は?」
ホアン「お前に我々の同志を引き合わせようと思ったんだが……止めた。何かキナ臭さを感じる」
ロドリーゴ「同志?今我々と言ったか?まさか私を含めた意味じゃないだろうな?」
ホアン「(意外とでも言うように)お前はこの国の先行きに俺と同じ憂いを感じていると思っていたが?」
ロドリーゴ「そう。いつまでも大国の植民地的支配に甘んじていることはない。自由主義が正しいと思っていることはお前と同じだ。だからと言って、グラナドスの名前を使って若い仕官達を踊らせ、その勢いで武力革命をやることは絶対に許さん!」
ホアン「しっ!声が高い」
ロドリーゴ「(一瞬言葉を呑んで)悪かった。それはいつも言っているように大国がその国力に物を言わせ、我々のような小国の民族の誇りを踏みにじり、跪かせているこの支配体形は罪悪だ。(何か言いかけるホアンを制して)だが聞いてくれ。そうした長い歴史の中で、打ち込まれてきたたくさんの楔を、一本一本抜き取る努力から始めなければ。しかし武力で革命など起こしてみろ、それを倒そうとする勢力がまた現れる」
ホアン「ロドリーゴ、それも全部分っているつもりなんだ。だが、正義は断じて行わなければ……」
ロドリーゴ「それを急いでやろうとするお前とは僕は行けない。今はまだ内乱を起こしている時ではない。遅かれ早かれ、帝国主義的支配体系は終焉を迎える。実際、中部ヨーロッパの民族運動は一触即発の事態だ。だから!今は帝国主義が滅びた時、ひとつの国として独立した国家を運営して行く為に国力を蓄える時であって、むやみに疲弊する時ではない。革命だけ起こして、その後どうする?今わが国が独立国家としてこの難しい時代をどうやって乗り越えられる?」
ホアン「……そこまでは……」
ロドリーゴ「(笑って)ホアン。この間私の夢の中に出てきたお前とミカエラは暖かな海を旅していつか自分達の安住の地を探すと言っていた」
ホアン「逃げ出すのも罪悪ではないか?」
ロドリーゴ「だが、無策な暴動より余程人間的だ。祖国のことを考える。人間らしく生きる。この二つの間で私も悩み抜いている。グラナドスの一員であるお前が、それも優秀なお前が身分の低い娘と手に手を取って南の海へ出て恋と自由を全うする……それだけでも今の私にはできない見事な反逆じゃないか」
ホアン「ロドリーゴ……」
ロドリーゴ「(自然に明るく)私も、ゆっくりとだが、お前達に追い付けるかも知れない。今ある人に恋をしている」
ホアン「え?」
ロドリーゴ「いや、これはいつもの遊びじゃないんだ。何か心の底から揺さぶられるような初めて味わう烈しい想いだ(ホアンが思わず笑う)……飲んだくれで遊び人のグラナドス伯爵が真剣に恋をするとそんなにおかしいのか?」
ホアン「いや、これは失礼!だが、嬉しいよ!それはいい」
ロドリーゴ「だが、もちろん、これは誰にも秘密だ。さて、総督邸のレセプションに遅れる。そろそろ、行くか」
二人明るい表情で上手に入る。カーテンが閉まる。

(B)カーテンを割って祭り装束のマリアが女を連れて出る。
マリア「……グラナドス伯爵が危険分子のソラレス子爵と密かに会っていると聞いたらフレデリック侯爵はきっと喜ぶでしょうねぇ……。これが反逆の為の密会だとしたら女遊びよりもずっと大きなスキャンダルだからねぇ……」
シーラ「よろしんですか?マダム。伯爵のご迷惑になるようなことを報告して」
マリア「余計なことを言っていないで、お前は早く自分の仕事にお戻り!」
シーラ「はい。マダム」
ミシェール、上手より出る。
ミシェール「マダム、我々はグラナドス伯爵の落ち度を探しております。なければ、それを作ってでも……」
マリア「分っています、ミシェール」
シーラ、ミシェールと上手へ入る。
マリア「どこかの女に真剣に恋をしたですって?……ばかにされて……黙っていませんからね……」
フェイドアウト。

8場 レセプションの夜

(A)総督邸中庭。下手に総督邸建物の一部。舞台中央奥にアーチ状の入り口に続く踊り場、その前に階段。中央奥から上手側に木立や植え込み。上下に四基の篝火。本国皇太子を迎えてのレセプションが行われている。上手には皇太子と総督一族の席が設けられている。エキゾチックな音楽と共に、民族衣装の踊り手達が徐々に位置につく。前奏の終わりに踊り場中央のカーテンを割って、先ほどと同じ装束のマリアが登場。踊り手達と絡みながら歌う

マリア『見知らぬ森を抜けて 星空の丘にまどろむ
    (以下同じなので略)』
歌の途中で下手よりロドリーゴがホアンと共に入る。マリーと一瞬目を合わす。マリア、入って来たロドリーゴに気付いている。
マリア『失われた遠い日々を 拾い集め 散りばめて 身も心も
     (同じなので略)』
   『ララララララ……』

早いテンポの箇所で女の踊り手達が、ホアン達2・3人の青年を引き出して踊りに誘う。ホアンはなかなか巧みに踊る。
再び曲がスローになるとマリアはロドリーゴを誘い絡む。ロドリーゴ、そんなマリアを以前とは違う冷たさで適当にあしらって離れる。

マリア『(同じなので略)』
マリア、歌い終わりと共にポーズ。そのまま踊り手たちの踊りに加わり、下手袖へはける。観客達の拍手と共に次景の人物を残して照明フェイドアウト。

(B)絞りカーテン前。前景より居残った総督・オランジュリー侯爵とマリー、フェルディナンド。やや重苦しい雰囲気。そこへフレデリック侯爵が衣服を改めたマリアを伴って出る。
フレデリック「失礼致します、兄上(間近で囁く)」
オランジュリー侯爵「何?グラナドス伯爵がホアン・ソラレスと?……まあ、二人は年の近いいとこ同志だ一緒にいて何の不思議がある」
マリー、「グラナドス伯爵」という言葉にかすかに反応する。
フレデリック「はい。しかし以前、ホアン・ソラレス子爵が過激派の仕官達と交わっていることについてはご報告いたしましたが(侯爵面倒くさそうにフレデリックを見る)この国を覆そうという大それたことを考えている連中……それもこの国を守るべき若い士官達がですよ」
侯爵「この国に限ったことではない。近頃あちこちで流行している跳ねっ返りどもの動きだ。大国の庇護がなければ何もできない吹けば飛ぶような国力も持たぬ国を、我々が守ってやっているというのに。全く、かざしてやっている傘の有難みも分らず、むやみやたらと独立を主張する。傘がなくなれば、また違う傘か……檻が自分達を囲むとも知らずに。この難しい時代にそんな自由を与えてやれているだけでも大変困難だというのに。日夜心を砕いてやっている苦労など分りもしない奴等の譫など放っておけ。グラナドス伯爵は優秀な男だ。そのうちその愚かしさに直ぐに気付く」
フェルディナンド「フレデリック侯爵。疑わしいというだけで決めつけるのは如何なものでしょう?仮にもロドリーゴは侯爵の娘婿に当るのというのに」
フレデリック「そう、我が娘婿であればこそ、そのようなつまらぬ疑いなど持たれては困る」
侯爵「大したことになるはずはない。グラナドス伯爵はあれで先をきちんと見る目を持った男だ。しばらく連中から離しておけばいい。皇太子殿下のご帰国の随行にでも命じてやれ。この国一の名門貴族が送るとなれば、本国への私の面目も立つ。伯爵にはそう伝えろ」
フレデリック「かしこまりました。それから……もう一つ。これは街の噂にも上りつつあるようなのですが、その名門貴族様のことで、よからぬ噂が市民達の間で実しやかにささやかれておるようで、先ほどの歌姫がご報告を……」
フェルディナンド「侯爵!」
マリア「(フェルディナンドのことなど意に介さず)失礼いたします、総督閣下。伯爵様の放蕩三昧は今に始まったことではございませんので、そのようなことは気にも止めるような市民達ではございません。ただ、今回ばかりは少々……」
侯爵「なんだ」
マリア「はい。さる高貴なご夫人とのおつきあいが市民の口の端に上ってきておりまして」マリー、言葉に身を固くするが、すぐに平静さを装う。
マリー「……それは……ステファ−ヌ様はお気づきでいらっしゃるのでしょうか?」
マリア「(マリーをちらりと見遣って)いいえ、奥様。これは市民達の噂であって、まだグラナドスの若奥様のお耳には恐らく……。お相手のお名前も定かではございませんし……」
マリー「閣下。差し出がましいとは思いますが、ステファーヌ様のことを考えますと、このままではあまりにも……。何かよいご思案は……」
侯爵「放っておきなさい。女遊びの一つや二つ、貴族ならばない方がおかしいくらいだ。相手が若い令嬢ならまだしも海千山千の貴婦人ならお互いにすぐに飽きる。ステファーヌにもいい薬だ。(マリーに)気にすることではない。行くぞ!」
オランジュリー侯爵、マリーを伴って下手に入る。マリア口惜しそうにその後を目で追う。
フレデリック「今のところはこの辺で諦めておけ。……そのうちにボロが出る」

ややあって、フェイドアウト。

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writed by ぽりーん